俳優が舞台の上で変身した。
 いつもは好々爺を演じ、多くのファンに親しんでもらっている小島茂夫だが、今回の「瓶ヶ森の河童(しばてん)」では、たくましい猟師の役で登場する。
 講談でおなじみの忍術話に真田十勇士がある。真田幸村の家来に忍術使いの猿飛佐助や霧隠才蔵や豪傑の三好清海入道など強者(兵)の話だが、その中に鉄砲の名人穴山小助がいる。その子孫の猟師という役柄である。
 小島はいかにも武士の末裔でありながら、野性味いっぱいの猟師の一徹さを演じている。
 仲間もファンもアッ!と言った。
 小島茂夫にこんな頑固な、男っぽい面があったのかと。
 猟師穴山は何回観ても楽しくなる存在である。見事な変身と言わざるをえない。
 水香は、「地震カミナリ火事オヤジ」の都会から来た娘・皐(サツキ)「トランクロードのかぐや姫」でも同じく都会から田舎の商店街に舞い降りた娘ミカを演じ、「瓶ヶ森の河童(しばてん)」でも秘境の森に父を探しに来るチエという都会の娘役で登場した。
 「瓶ヶ森の河童」は再演である。チエ役も3人がやっている。その先輩の芝居を見ている水香は先輩達の芝居を通して、役の解釈での苦労が少ない分、役に取組むのが楽しかったと言う。
 水香はいつも役の理解に悩む役者である。
 それだけに今回のチエ役は課題も見えてきたようだ。自分の心の納得だけでなく、観客との共感が欲しいという。
 それでも父親と心を通わすことの出来ない娘のわびしさは客に伝わっていたようである。
  森にくらす小学生・小六をやっているのは女子美術大学付属高校に通う辻内悠(はるか)。
 数年前、お母さんと一緒に、文化放送とふるきゃらがタイアップして開催していたミュージカル体験塾に通っていた。お父さんもお母さんも心療内科の医師で、悠自身も頭の回転が速い。それに脳と肉体の反応が連動しているようで、身体表現が命の役者にはこの上ない。
 今は最高の子役だが、美術の勉強をしているのだから、将来は何になるのかわからない。
 今疲れを知らない子どものように、舞台を走り回り、命の躍動を見せてくれる。
 本当に今が旬と思わせてくれる。
 小山田錦司は、大学時代に応援団で鍛えた声そのままに、豊かな声量で観客を魅了する役者となった。
 小山田の演じる大河童・河童族の親玉は、声の大きさだけでなく、妖怪らしい捻りを加えた声でいっそう、深い森の奥に潜む河童のリアリティーを作り出した。
 大河童のマスクと衣装はあざといという声も聞こえたが、声の変化だけで、本ものの大河童に見えてくるから不思議である。
 大河童の存在は、小山田の声の変化で完成度を高めたと言うことが出来る。
  公演後のアンケートを読むと、河童と出会うことが出来たことへの驚きが圧倒的だ。
 本当に河童が居るような気がしてくるという。
 河童のシバテンは劇団の中堅俳優・早川真希夫。相棒の河童が人間に捕獲された時のどうしようもない哀しい泣き声と振りは秀逸である。
 相棒の河童ガタロウは、体験塾で学んだことのある現役の早大生、小林沙織である。
 長い手足の使い方を覚え、人間とは思えない!という評価を勝ち取っている。
 ガタロウとシバテンがペアで踊る河童ダンスは何度見ても面白い。もちろん子どもの客にも大人気だ。
 真希夫も沙織も人間から脱皮して、河童になりきるための努力を今も日々続けている。本ものの河童を見てもらうために。
 真壁宗英は、いまとびっきり難しい役にとりくんでいる。
 人間の暮らしを捨て、深い森の奥に蠢(うごめ)く獣(けもの)や樹木と話をし、河童や川獺(かわうそ)と交わり山の神にかしづき、失われた森の不思議を取り戻そうとする元生物学者の役である。
 人間の郷(さと)の暮らしを捨て、山の獣たちと生きるということは民俗学でいうところの山人(やまびと)である。
 宗英という役者は複雑な思考能力を持っている訳ではないが、役の世界を信じ切る能力をもっている。役者にとって役を信じることが出来るということは、何にもまして大切なことのように思える。
 人間の社会や暮らしを拒絶し山人となる宗英の舞台には、時として、胸に響く真実を感じることが出来る。
 ケレン味のない美しい歌声で支持をあつめている坪川晃子は、陽気でかわいいお母さん役を演じている。
 例えば息子が学校に遅刻しちゃう!と言えば、いっそのこと学校休んじゃって、家族で魚釣りに行こう!などとはしゃいでしまう母親である。
 明るく陽気なのは皆んなを楽しくさせるけれども、皆んなを困った方向に引っ張って行ってしまうこともある。そこがドラマのドラマたる由縁である。
 しかし坪川ママは、歌も、かもし出す雰囲気もまろやかで実に楽しい。こんなお母さんが欲しかたっと多くの人が思うのではないだろうか。それを芝居用語では当たり役という。